バリ島 すめれけて日記

バリ島在住の広島女が、インドネシアやバリ島のあれこれをお知らせします。 アナタの知らないインドネシアを覗いてみてください!!

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バリ島の歴史を学んでみましょう!!

デンパサールの東にレノンという地区があります。

バリ州の政府庁舎や、イミグレーションオフィス、日本の領事館、中央郵便局なんかがあって、まぁ日本の霞ヶ関みたいな感じなんですかね、霞ヶ関に行ったことないけど。

そのレノン地区のほぼ中心にある広場に、どどーんと謎の建物が建っています。
Renon-museum-001.jpg
ちょっと前までサヌールに住んでて、嫌というほどレノンおよび謎の建物の前を通ったことがあるのに、それが何か、何の目的で建てられたものなのか知らなかった、私。

今回、潜入してみました。

この建物の名前は、『バジュラサンディ(BAJERA SANDI)』。

実は意外と新しく5年前に建てられていて、歴史のある建物のように見せかけて実は違う・・・というものでした。

結論から言います、ここは歴史博物館です。

歴史大好き、歴史オタクな私がなぜに今まで行ったことがなかったんだい!?そりゃあ、私は日本史好きだからです(知らんわ、そんなこと・・・)。

中に入ると、石器時代からの独立までのバリ島の歴史が模型で展示されています。

見てくださいよ、日本兵に鞭で叩かれてるとこまで再現(写真右)しちゃってますぜ。
Renon-museum-002.jpgRenon-museum-003.jpg
説明を読むと、日本兵によって強制労働を強いられている・・・とありました。

しかしですね、正直言って石器時代から、オランダの植民地になり第二次大戦で日本軍が侵略するまで、そがぁに面白い事件もなく、服装も上半身裸のまんまでさほど変化がありません。

日本の歴史のように、「鳴くよ(794)、鶯平安京」とか、「以後良く(1549)広まる、キリスト教」なんていうポイントとなる年号もあまりないです。

日本には各時代でヒーロー的な人物がいますが、そんなんもいないようです。
唯一、16世紀頃に、ジャワ島からニラルタってお坊さんが来たってのが覚えておきたいポイントです。

建物内部の中央にある螺旋階段があるので登ってみましょう!!

かなり目が回る階段なのですが、上には中々の絶景が広がっていますぜ。
Renon-museum-004.jpg
遥か彼方にジンバラン、ブノア港、ウルワツなんかも見渡せます。しかし目の前の鉄塔以外に高い建物がないですねぇー。

こういう眺めは、バリ島では珍しいですよね。なんだか新鮮でしたわ。

ここは夜になると、恋人たちの憩いの場になります。みんなイチャイチャしとりますぜ。

またオカマさまの出没スポットでもあります。こちらはネチャネチャしとります。

深いですねぇ、レノン地区!!

バジェラサンディ(BAJERA SANDI)
住所 : Jalan Raya Puputan, Renon Denpasar
入場料 : お一人様、Rp10,000
場所・アクセス方法 : サヌール方面からお越しの場合は、ケンタッキーフライドチキンのある交差点を左折しデンパサール方面へ向かいます。銅像のあるロータリーを越え、更に直進し1キロ程行った右側。
サヌール地区のホテル(例えば、バリハイアット)からは車で約15分程。

◇今日のルピアレート◇

2008年9月25日 : 1円 = 87.95ルピア

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さぁ、バリ島の火葬式について学びましょう!!

Upacara-Image-001.gif
ウブドで王族のお葬式があるので、「バリ島の火葬式」を勉強しよう!!と言っていたのに、なかなか更新できなくってごめんなさい。

さぁ、勉強しましょう!!

火葬式ってやつは、バリヒンドゥー教徒にとって、ホンマに人生で最大のセレモニーらしいです。日本だと、「お葬式を観光客に公開するなんて、まったく・・・」と思われそうですが、バリヒンドゥーの火葬式はんなこたぁござぁせん。

だってこんなに盛りだくさんなんですもん。

火葬式の際、バリ人のあんちゃんたちが担がれた2台のお神輿を、ガムラン隊を引き連れて街中を練り歩きます。
お神輿のうちひとつは、亡骸を墓地まで運ぶ塔(バデという名前です)。そしてもう1つは、張り子の棺で、プトゥラガンという名前のものです。

お神輿は四つ辻に差し掛かると、なぜか上下に激しく揺すってぐるぐると周ります。

この行動の意味は、死者の霊が戻ってこないように道を惑わすためだそうです。

そしてプトゥラガンは墓地に用意された真新しい白い布の天蓋が付けられた屋根のある火葬堂に置かれます。

亡骸はバデからプトゥラガンに移され、燃やされます。

プトゥラガンが燃え始めると、バデにも火がつけられます。

このとき、遺族はみんな晴れ晴れとしていて悲しそうではござぁせん。
それは死者の霊は炎とともに舞い上がって天界に達し、今よりももっと良い存在になって生まれ変わると信じられているからです。

燃えた後、家族によって骨片が拾い集められます。この辺は日本と同じですね。
骨片は人型に並べられ、高僧(プダンダと呼ばれてます)によって死者に霊を浄化してもらいます。
骨片の一部を、家族が石臼ですりつぶし、プスポ(puspa)と呼ばれる椰子の若い実でつくられた容器に納めます。
そして、遺族は遺骨の入った容器を持って川か海に行きます。そこで儀礼をし、お祈りを終えると容器を流し、そして灰も海に流します。

火葬式をすべて終えた後、バリヒンドゥー教の総本山であるブサキ寺院に行き、その周辺にあるいくつもの寺院や祠にお祈りして、死者への儀礼は終了します。

そして亡くなった人の霊は、ガルンガンからクニンガンの10日間に、祖霊神として各家の氏寺に戻ってくるとされます。

こんなんが大体の流れです。

でももっと細かいアレコレがあるんどす。それもこの機会にちょっと勉強しましょうぜ!

火葬式はバリヒンドゥーの暦に従って、この儀礼に適切な日が選ばれます。
もちろん亡くなる日を選べるわけではないので、そのときはとりあえず遺体を墓地に埋葬し、日を改めて儀式を行います。

そんでもって埋葬後、適切な日が来て準備が整ったら火葬を行います。

なんですぐしないのかといいますと、まぁ費用がかかるんですなぁー。

でも早めにすることが望ましいんです。なぜなら、火葬が済んでいない死者は生者でも祖霊でもない、中途半端で危険な存在だと考えられるからですの。
じゃけぇ本当は埋葬せずに、亡くなったらすぐに火葬されるのがよいのですが、やはりそれは経済的な問題で、そーもいかない家が多いです。

こんな感じで埋葬に関してこだわるのは、バリ人たちが「死者が出たことによる穢れ(スブルといいます)」を非常に忌み嫌うからです。

日本ではその昔、王族などが亡くなると奥さんや子供たちは、遺体の安置されていた殯(もがり)の宮で過ごしてましたよね??その期間は一定ではなくって、敏達天皇(推古天皇のダンナさんですなぁ)の家族は5年くらい殯(もがり)の宮で過ごしましたけん。(古代史オタクですの、私)

ある文献では、殯(もがり)の期間が短い=暗殺、怪死などによって亡くなった人、という説がありますので、バリヒンドゥーのそれとは、異なってることがわかりますねぇー。

そんで話をバリ島に戻します。

先ほど出てきたバデ、これもカースト(階級)によって色々種類が異なるんですよ。

スードラ層のバデは屋根が1つです。
屋根はインドにある霊峰マハメルにあやかってメルと呼ばれています。メルの数は必ず奇数と決まっていて、貴族であるクシャトリア層、ワイシャ層のバデ(この場合は呼び名が変わりワデといいます)は、地位の高さによって3層から11層まであります。
そんで頂上に黄金のリンガの飾りが乗っています。リンガが、あのぉそのぉまぁ男性器の象徴で、シヴァ神の象徴でもあります。

バデ(ワデ)は、バリヒンドゥーの三項の世界観ってやつをあらわしてるとされます。

メルのある上部分は天界を現し、下層部は地界を現し、正面には地界に棲む世界を支える亀(ブダワン・ナラ)にバスキとアナンタボガという2匹の竜がからみ、後ろには悪霊を祓う森の守護神ボマとウィシュヌ神の乗り物であるガルーダ(名古屋復航おめでとう!!)と極楽鳥の飾りが取り付けられています。

そして天界と地界の間に遺体を収める空間があるんです。これがすなわち人間界です!!

遺体を収める棺(プトゥラガン)にも、カーストによってさまざまな形があります。
まずスードラ層は、獅子や半象半魚、木で作られた四角い箱状の物だったりします。
そんで高僧や僧侶は白い牛で、王様は竜、貴族層のクシャトリア、ウェシャは、黒い牛を使います。よく写真とかで見かけるのは、黒い牛だったんで、全部が全部黒い牛なんだと思ってました。ちなみに、もちろんというか、細かいのぉーというか男性は雄牛で女性は雌牛です。

こんな感じで、火葬式はお金も時間もかかるんですね。ここに向かって生きてるんですね。

ここまで勉強したからには、見てみたいですのぉー。でも今回の王様の火葬式を見るには2日は休まないといけんし・・・。

※写真はクルンクン地区で見かけたお祭り風景です。火葬式ではござぁせんよ。

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バハサ・インドネシアを勉強しよう!!

バリ島では、公用語のインドネシア語が使われています。

さらにバリ語などの独自の言葉も使われています。

しかしですねぇ、バリ語のことを、「バリ島の方言」と言ってしまうのは少し違うような気がします。
ジャワ人の中には、バリ語がまったくわからん人もたくさんおるわけですし、逆にバリ人の中にジャワ語がわからん人もいます。

ジャワ人1人、バリ人3人、日本人(インドネシア語可能)1人でランチをした際、会話の中で使われるのはバリ語です。

ジャワ人と日本人はバリ語がわからんので、黙々と食べることになっちゃうことが多々あります。

各地によって色んな言葉のあるインドネシアですが、公用語のインドネシア語は比較的簡単で、私たち外国人でもすぐに覚えることができます。
個人差もあるでしょうが、インドネシア人の集団の中に1ヶ月ぽつんと置かれたらすぐにできるようになるでしょう。

こないだ、「いやぁー、インドネシア語ってホンマにいい加減じゃのぉー」と思ったことがありました。

久々に出会った友達の彼氏さんが、ロン毛だった髪をばっさり切っていたんです。私が日本に帰ってる間に切ったんじゃろうかのぉーと思い、「いつ、髪切ったん??」と聞こうとしたんです。

インドネシア語の単語。
いつ ⇒ カパン
髪 ⇒ ランブッ
切る ⇒ ポトン

で、正しい言い回しは、「カパン ポトン ランブッ??」です。

でも1ヶ月以上日本にいた私は(言い訳ですな)、舌がまわらなくなりつい、「ランブッ ポトン カパン??」と聞いてしまいました。

でも彼氏さんはニコニコ顔で、「うーん、2週間くらい前かなぁー、似合う??」と答えていました。

その後、しばらくして(はにゃ!?さっきのインドネシア語おかしいんと違うか・・・!?)と急に恥ずかしくなってきた私。

彼氏さんに確認したとこ、「ティダアパアパ、アパプン、OK!!(何でも大丈夫よん)」と。

つまり、「カパン ポトン ランブッ??」でも「ランブッ ポトン カパン??」でも「ポトン ランブッ カパン??」でも「ポトン カパン ランブッ??」でも「ランブッ カパン ポトン??」でも「カパン ランブッ ポトン??」でもなんでも一応意味は通じるのです。(ややおかしいのもありますが・・・)

だからって、「カトン ランパン ポブ??」とか言わないでくださいよ。そうなるともう別物ですけん。

このようにインドネシア語は文法にたいして比較的寛大なところがあります。

この場合少し注意してほしいのは、イントネーションが若干異なってくる点です。

他にも「何時に食べる??」にあたる、「ジャム ブラパ マカン??」は「マカン ジャム ブラパ??」でも可能です。

あっ!!でも、「ブラパ ジャム マカン??」だと「何時間食べる??」になってしまうので要注意ですぜ。

こーいうとこでは異常に寛大なくせに、『R』『L』の発音にはものすごく厳しいインドネシア人・・・。

プラスマイナス、ゼロってとこでしょうか??

次回は、この『R』と『L』に厳しいインドネシア人について言及していきたいと思います。

乞うご期待!!

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