先日、前の元同僚ディアちゃんと、観光客でもないのに
タナロット寺院に行き、まったりしてきました。
タナロット寺院は夕陽の名所として知られてますのぉ。
でも、あえてお昼前に行きました。
んで、これが意外と良かったんですよ!!
まぁ少し暑いんですけど、お土産物屋も半分くらいしか開いてないし、物売りもさほどやる気はなくしつこくなかったんです。
タナロット寺院って言いますとアレですね、15世紀か16世紀にジャワの高僧ニラルタさんが、建立した寺院ですな。(曖昧ですなぁー)
海の守護神を守る為のお寺だそうですよ。
そりゃそうですわな。こんな風に海の中にあるのに、「ワシ、山の神を守ってますけん」って言われても説得力ないですけんねぇ。誰がなんと言おうと海の神ですわ。
タナロット寺院の入り口に書いてあったのですが、最近は海岸の浸食が進み、寺院の存続が危なかったのですが、日本のODAの協力のもと、岩場に土台を置いてお寺と美しい景観を守るプロジェクトが行なわれているそうです。
私が行った時間帯はちょうど満潮だったのですが、干潮時には陸続きになるので歩いて渡ることができます。
渡ってすぐの洞窟の下に
聖水(ティルタ)が湧き出る場所があるんです。
海が近いんで、「聖水もしょっぱいんじゃなかろうか・・・!?」と誰もが思うはずですが、なんとしょっぱくないんですよ!!
不思議ですねぇ、タナロット寺院!!
そんなタナロット寺院で撮った、自慢の1枚。

少年は何を想い、タナロット寺院をみつめているのでしょうか!?
なんか夏らしい爽やかな1枚じゃないですか!?(やや自画自賛)
タナロット寺院(TANAH LOT TEMPLE)入場料 : Rp10,000/お一人様
時間 : 朝7時から19時まで
場所・アクセス方法 : 中西部タバナン地区にあります。最近は新しい道路もでき、南部リゾート地区からも行きやすくなりました。
クタ地区からのホテルからは車で約1時間ほど。
ツアーあります、
コチラからどうぞ!!
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本当は昨日ご紹介したかったネタなんですのよ。
独立記念日ネタでござぁす!!
そう、8月17日は前の会社の社長とアシスタントGMの誕生日、ではなく
インドネシアの独立記念日でした。
私ね、前々からこのことについて考えていることがあったんですのよ。
8月6日に広島に原子爆弾が落とされ、9日に長崎に原子爆弾が落とされ、そんで15日に終戦を迎えた我がJAPAN!!
その2日後にとっとと独立するってどんな技を使ったんだい、インドネシアよ、と常に(でもないけど)思っていたんです。
もしかしたら日本の敗戦色が濃くなってきた時期から、ぼちぼちと日本兵が引き揚げていって、そんでじわじわと独立したのかい!?
んにゃ。
私の知り合いの元・日本兵のじーさまは、「終戦になって何ヵ月後かに引き揚げてきたら広島は焼け野原で、云々・・・」と語っておられました。
謎を謎のままほっておくことができない私は、調べてみた。
1945年8月17日、インドネシアは日本が第二次世界大戦で連合国へ降伏した後に、全世界に向けて独立を宣言したんです。しかしこの独立を認めず再植民地化しようとした、オランダがまたまたインドネシアに侵略してくるんですねぇ。
そんでその後、4年5ヶ月もの間、インドネシアとオランダの間でホンマの独立戦争がおこなわれるんです。
バリ島の空港の名前&新しい50,000ルピアの顔になってる、ングラライさんが活躍したのもこの戦争でやんす。
そんで、インドネシアは武力闘争と外交交渉によって独立を達成し、1949年12月にインドネシア連邦共和国となり、さらに1950年8月15日には、単一のインドネシア共和国となったのです。
じゃったら、この日を独立記念日にすればいいじゃんけ。1945年から1949年の戦争は、
「独立戦争」って名前じゃないっすか!!
とずっと思っていたんです。だって1945年の8月17日の時点ではまだまだ危ない時期じゃったんでしょうに。すっきり丸く治まってから独立宣言をしたい・・・と思うのは私がA型だからでしょうか!?(いやいや、あんたも結構いい加減じゃ・・・)
ちょっとこの
ングラライさんと独立戦争の話を詳しく。
ングラライさん(I Gusti Ngurah Rai)は、1917年1月30日にバリ島バドゥン県チャナンサリ村で生まれた、インドネシア人民治安軍の将軍でござぁす。
ジャワ島東部マランの高校に進学し、その後バリ島に戻りギャニャール県の士官学校を優秀な成績で卒業しました。
ジョグジャカルタの治安軍などに入って色々頑張ったングラライさんは(すげぇ、話を省いています)、インドネシア独立戦争の際に活躍します。
この独立戦争、元日本兵の方々も活躍されてるんですねぇー。
それを現すお話がありやんす。
1946年11月20日、ングラライさん率いる部隊はバリ島のマルガという地でオランダ軍と闘います。
このとき独立軍兵士85名と元日本兵7名の兵士が降伏勧告を拒否し果敢に闘ったのですが最後は玉砕(バリ語でププタン)しちゃいました。
そんで現在、激戦区じゃったマルガ村に英雄記念墓地があります。
ここには真ん中に、ングラライさんのお墓があり、その後ろに独立戦争で戦死した島内各地の英雄の墓碑が整然と並んでいます。
この中には、元日本兵の墓碑も12基あるんです。
この方々は、日本の終戦後にそれぞれの所属部隊を離脱して独立軍に参加したんです。
インドネシアを愛し、自分たちで育てたインドネシア人の義勇軍、兵補たちが闘ってるのを見て心打たれたんですな。
12名の元日本兵は、現地名を名乗っていたんですが、墓碑には
「Jepang(ジャパン)」と書いてあるんです。
私、今年の5月に父の希望で
仕方なく行ってきました。
ひっそりしてて寂れた場所なのかと思いきや、キレイに手入れされた庭(広場)でした。
ここには1372基も墓碑があるんで、元日本兵のを探すのも一苦労です。入り口のところに地図があるんでそれをチェックしてから入られることをおススメします。
まぁ、普通チェックするわな。
私らはせんかったんで、迷いました。んで見つけることできませんでした・・・。
とまぁ、こんな歴史がインドネシアにはあったんですね。
独立戦争って言うんじゃけぇ、1945年より前なんでしょ!?あれっ!?と頭がこんがらがるので、インドネシア人の友人に、「独立戦争が終わった日を独立記念日にしやがれ!!」と文句を言ったら、
1945年8月17日に独立宣言をしたから、独立戦争を闘えたんだ・・・。と禅問答のような回答がありました。
深いっっ、と思わずうなってしまいましたよ、私・・・。
マルガラナ(MARGARANA)入場料 : 記帳し、お布施をお願いします。
場所・アクセス方法 : デンパサールの北西タバナン県、マルガ村にあります。
クタ地区のホテルからは車で約1時間半。
※写真は
ジャカルタの独立記念塔モナスです。金色に輝くう○こ!?
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やりましたインドネシア!!
今オリンピック初の金メダルです!!でも金メダルを取ったのは前の記事で、私が注目していた混合ダブルスではなく、男子ダブルスでしたけど。(そーいうとこが読みが浅いのぉー、私は・・・)

写真は中国に競り勝ち、ラケットを投げ捨て雄叫びを上げる、男子ダブルスのお二人さん。手前の人は謙虚に喜んでます。
抱き合って喜ぶ・・・ってなことをせず、各自で喜びを噛みしめるんですねぇ。
ちなみに私が注目してた混合ダブルスは
銀メダルでした。
しかも女子シングルスでも
銅メダルをいつの間にか獲得!!
一時期、低迷していたっぽいインドネシアのバドミントン業界(?)ですが、今大会は見事に返り咲きですのぉー。
んじゃあ、めでたいんでお名前を発表します。
金メダル : バドミントン男子ダブルス選手名 : ヘンドラ・スティアワン & マルキス・キドー組銀メダル : バドミントン混合ダブルス選手名 : ナッシル & ウィディアント組銅メダル : バドミントン女子シングルス選手名 : マリア・クリスティン・ユリアンティ昨日は、独立記念日じゃったし、やたらとインドネシアの国歌を聞いた日でしたわ。
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今、日本を熱狂させているもの・・・。
きっと
北京オリンピックでしょう!!
やっぱり日本にいないんじゃ盛り上がりにも欠けますわ。
さてこちらインドネシア、盛り上がっているのか盛り上がってないのかはあまりわかりませんが、インドネシアの国技と言ってもいいんじゃねぇのっ、な
バドミントンがえーとこまでいってます。バドミントンの
混合ダブルスの準々決勝で、タイランドの組に2対0のストレート勝ちした、ナッシルとウィディアント組。
これで、
準決勝に駒を進めました。※写真は
コチラから頂戴しました。
ウィディアントさんはジャワ人ですかね!?ナッシルさんは顔立ちからして中華系でしょうか!?色も白いし・・・。
そんなふたりがうまくダブルスを組んでいるのが、私にはびっくりですわ。きっとウィディアントさんが我慢してるんでしょうね、よぉ知らんけど。
バリ人がジャワ人を嫌うように、ジャワ人は中華系に良い感情を持ってません。
ジャワの方々は「俺たちがオリジナル、てめーら他所モン!!なのに、金持ちになったりして、コノヤロー!!」というドロドロした嫉妬みたいな感情があるんでしょうなぁー。
「スポーツだから、関係ねぇんだ!!」という割り切りがインドネシア人の殿方にできるか・・・というとそれも難しい問題になってくるように思います。みんな頑固ですけんねぇー。
いや、そーいう民族間のドロドロ(?)を乗り越えたからこそ、オリンピックという舞台で準決勝にまでいくことができたのかもしれません。
ちなみに現在インドネシアは、
銅メダルを2個取っているんです!!
その競技とはともに、
男子重量挙げです。
実は前回の五輪でもこの重量挙げで女子選手がメダルを獲得してるんですねぇー。なぜにバドミントンと重量挙げだけが強いんじゃ!?
めでたいんで選手のお名前も発表します。
男子重量挙げ(56〜62kg級)銅メダル、トゥリヤトノ氏(20歳)男子重量上げ(56kg級)銅メダル、エコ・ユリ・イラワン氏(19歳)地味に活躍中のインドネシア!!
是非、バドミントンで金メダルを取ってもらいたいですねぇ!!
頑張れ、ナッシル&ウィディアント!!↓ポツっとお願いします↓

今日はですね、ローカル色いっぱいの食べ物をご紹介します。
その名も、
「ソトブタウィ(SOTO BETAWI)」小島よしおがよく「うぃー、うぃー」言ってますが、それとはあまり関係ありません。というか私、前々から気になっていたのですが、小島よしおはその
つまらんギャグの中で、「ぴぇー、ぴぇー」とかよく言ってるじゃないですか。あれはジャワ語の「ピェ(Piye)」から取ってるんですかね!?
まぁいいや。
ブタウィ(またはベタウィ)は、ジャカルタを含む西ジャワの少数民族のことで、ジャカルタがかつてオランダの植民地だったときの名称バタヴィアからその名がきています。
このブタウィの方々は、元々は17世紀頃に東南アジア各地から労働力として集められた人たちで、インドやミャンマー、インドネシアからはスラウェシ人、中部ジャワ人、スンダ人などの人々がいて、その子孫が現在もこの周辺に住んでいるのです。
そんな彼らの料理は、
ブタウィ料理と総称されます。

上の写真が、「ソトブタウィ」です。
こちらは
サンタン(ココナッツミルク)をたくさん使ったスープで、その中に牛肉とポテトとトマトがごろごろと入っています。
牛肉は、よぉぉぉく煮込んであるのでホロホロと柔らかく、噛まなくても良い程です。同じくインドネシアの牛肉料理「ルンダン」とはえらい違いです。
サンタンまみれ&牛肉の脂で若干濃いのですが、それを打ち消すような清涼感溢れるトマトがいい脇役になってます。
でもですね、サンタンを使った料理は太ってしまうので、このスープも3週間に1回くらいの頻度にしたほうが良いでしょう。
下の写真は、
看板娘ちゃん。こんな若い時分に、こんな艶っぽい笑顔できました!?私、この年になってもできません。こーいうテクは生まれ持ったもんなんでしょう。ちょっと南沙織さんに似ています。
この写真は微妙なので、今度篠山紀信先生に撮っていただきたいものです。
またここのワルンでは、ナシチャンプル、ソトアヤムも用意されてます。
ワルンブタウィ(WARUNG BETAWI)住所 : Kori Nuansa Timor, Jimbaran
電話番号 : 不明
営業時間 : 朝から夜まで
定休日 :毎週月曜
場所・アクセス方法 : バイパスからタマングリヤに入り、奥へ奥へと入って行き、コーリヌアンサに入ります。山を登り、警備員さんのいるとこを左折し、更に右折後200m程行った左側。
ヌサドゥア地区のホテル(例えば、グランドハイアット)からは車で約15分程。
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今日はですね、会社の隣りにできたワルンをご紹介します。
名前は
ワルンスプラッシュ(WARUNG SPLASH)。なんだか海の家を彷彿とさせる、爽やかなワルンですのぉー。
こちらのワルンは、
お昼時はナシチャンプル、そんで
ディナー時には日本の定食メニューを食べることができるという変則型ワルンです。
ナシチャンプルは、常時10品目以上のおかずたちがスタンバイしており、味も観光客騙しのお味ではなく、ガツンとスパイスの効いたお味でござぁす。
ご飯は、白飯とイエローライスからチョイス可能です。ここのご飯は、もち米と一緒に炊いているのが特徴です。
しかもサンバルトマト、サンバルムンター、サンバルゴレンなどの各種サンバル陣もスタンバイしており、日本人のみならずインドネシア人にももっと受け入れられてもいいんじゃないかい・・・!?という感じです。
ここのイチオシメニューは、
タコライス。

私、テストフードの時に産まれて初めて食べたんですのよ。
なので、店長のF村氏に「味、どうかなぁ??」と聞かれても、食べたことがないんじゃけぇ、比べようがなかったんですよ。しかし、「そうっすねー」と偉そうに意見しちゃったりして。
しかも私、瀬戸内の女ですので
「たこ飯」と勘違いしてましてね。
瀬戸大橋や、しまなみ海道の売店に必ず売ってるあの魅惑のたこ飯!!と思って私の舌と胃は「タコライス」を待ち受けていたのですが、もっとラテン調のものが出てきて、たまげてしまいましたよ。
だって、「タコ=TAKO」ではなく、
「タコ=TACO」ですもん。
そんな私のような恥ずかしい間違いをしていた人の為に、タコライスとはなんぞや・・・!?ってのを説明したいと思います。
タコライスってのはですね、
メキシコの名物料理「タコス」の中身をご飯の上に乗せた沖縄料理なんです。ちなみにタコは入っていません。
えぇぇー、びっくりですよね!?
タコスの中身ってのはですね、ひき肉、チーズ、レタス、トマトです。そこにサルサ(スペイン語でソースって意味らしいっす)をかけて食べるんです。
困ったときのWikipediaによりますと、1980年代に沖縄県で誕生し、沖縄県では1990年代から、なんと学校給食に採用されるなどした、人気の料理のようです。
仲間由紀恵も安室ちゃんもこれを食べて大きくなったかは定かではござぁせん。
また2007年からは牛丼でおなじみのすき屋でも販売されて、もはや全国区の人気を誇っているとかいないとか・・・。
そんなタコライスをバリ島でも食べることができるようになったんですねぇー。
噂では、バリ島でタコライスを食べることのできるお店は、たった2軒程だそうです。
1軒はもちろん、こちら「ワルン・スプラッシュ」です。もう1軒はどこか知らんです。
クタ中心地からは若干離れているのですが、プラザバリからの帰りらしい日本人観光客がこの周辺を歩いているのをよく見かけるので、そんな
タクシー代をケチった方は是非お立ち寄りください。
バリ島では珍しい涼しいワルンで、本場のナシチャンプルと本場じゃないけどタコライスをご堪能ください!!
あっ、
ワイヤレスインターネットも無料でアクセス可能です!!
ワルンスプラッシュ(WARUNG SPLASH)住所 : Ruko Nusa Indah Blok 5 Jalan Raya Kuta No,87 Tuban
電話番号 : 62-81-23842175
場所・アクセス方法 : プラザバリの反対側にあるラヤクタ通りを、400m程北上します。すると「ANAP」のアウトレットがででんと登場します。その反対側にアヤムバカールと一夫多妻で有名な、「WONG SOLO」があります。その斜め前に目指すワルン・スプラッシュはあります。黄色い壁が目印です。
クタ地区のホテル(例えば、サンティカビーチ)からは車で約10分程です。
営業時間 : 10時から22時まで
定休日 : 毎週月曜
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ガイドさんの中に、名前が
アルナワ(ARNAWA)さんという人がいます。
バリ語では、最後に付く「A」は「うぉ」と読むので、バリ人風に発音すると、「ばぱっ・あるなうぉ」ということになりますわね。
私、どうも
「アロワナさん」と間違えて呼んでしまうんですよ。
そうしたら、うちのべんぞーというスタッフがいつも
それは、イカン(魚)です!!と訂正してくれます。
そうですね、
アロワナは、これじゃ!!

詳しくは・・・。
アロワナとは、アロワナ目アロワナ科アロワナ亜科 Osteoglossinae に属する大型の古代魚の総称。南アメリカ、オーストラリアおよび東南アジアの淡水に生息する。
アロワナは淡水域に生息する魚のうちでも大型に成長する種類のものが多く知られている古代魚で、食性は主に肉食(小型の魚類・昆虫などを捕食する)だが、飼育環境下での性質は穏やかで、また飼育方法も確立されていることからペット(アクアリウム用観賞魚)として人気があり、飼育者に懐くともされる。
小型魚を丸呑みするために下あごがせり出したような大きく開く口が特徴的で、体半分より後に尾に続く背びれ・尻ひれと、大きく発達し斜め下方に延びた胸ひれを持つ。
うろこは大抵の種類で大きくその一つ一つがはっきりしており、そのいずれにも濃淡や色彩の変化がある。
中国では「龍魚」(日本でいう龍魚はUMAで別物・チョウザメの一種とも考えられている)と呼ばれ、龍が権力と繁栄を象徴することから、華僑などを中心に幸運を呼ぶとして愛好者が見られ、後述する紅い変異種は特に高値で取引される。日本でも大型でゆっくり泳ぐ様子や独特の風貌に対する愛好者が見られる。
繁殖方法も確立されていることから、養殖された稚魚などがペット市場向けに流通している。反面、自然環境にいるものは保護され商取引や輸出入が制限されている種類も多い。(参考文献 : Wikipediaより)
ですわね。
ちなみに
アルナワは、
アルナワとは、インドネシア、バリ島に生息する日本語ガイド。
性格はおとなしく、日本語も堪能。
全長は160センチほどで、バリ人日本語ガイドにしては珍しく口ヒゲが生えているのが特徴。目がいつも充血しているが、健康には問題なし(本人談)。
フリーランスガイドの為、うちの会社の他にS社にも出没する、神出鬼没なガイドである。
(参考 : 私の見た感想)
です。
真面目なガイドさんに対して失礼ですわ、私っ!!
バリ島のお金持ちの中には、趣味でアロワナを飼っている人がたくさんいます。
こないだ知人が、「大事なアロワナちゃんが死んじゃった・・・」と嘆いていたので、「美味しかった!?」と聞くと、「食べるわけねぇーだろー、大事な魚だったんだ!!」と怒られました。
「バリ人=雑食民族」というのも間違いのようです。
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昨日の夜、寝てたら外でものすごい音が・・・。
正直、爆弾テロ事件かと思いましたよ、私は。
もしくは、北京オリンピックで雨が降らんように云々でぶち込んだ人工消雨のロケット弾がここまで飛んできたのかと思いドキドキしましたよ。
そーこーしてると近所のイブイブが、「わー、あどぅー、きゃー」言ってるので外に出てみると、
ものすごい巨大花火がっ!!インドネシアの花火ぃー、爆竹でねぇーのかぇ??
と思いの方!!違います。宇品港の花火大会と同じくらい大きな花火でした。

日本の花火大会では、青や緑の花火もありますけんど、昨夜見たのは赤、黄色が中心の花火でした。でもでも久々にホンマの花火らしい花火を見ることができましたわ。
宇品の花火大会といえば大学の頃、中国語の楊先生とバーベキューをしながら見たことがあります。
楊先生の中国語の授業はただひたすら、ジェットリー(当時はリー・リンチェイでしたわ・・・)の映画「少林寺1、2」と「阿羅漢」を見せるだけ・・・というものでした。
結局私はこの授業で、「我是日本人(私は日本人です)」という中国語しか覚えることができませんでした。
いつ使おうかね・・・。
ちなみに楊先生は北京人(原人ではない、多分)で、ちょっと五輪とかけてみました(誰もわからんわいな・・・)。
参考までにインドネシア語で花火は
「クンバン・アピ( KEMBANG API )」と言います。
「クンバン=花」、「アピ=火」という意味です。
花火のおこなわれていた方角はヌサドゥア方面ですかね??一体何があったんじゃろうか!?また謎が判明したらお知らせします!!
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うちの会社には、やたらと
訪問販売員がやって来ます。豆乳、お香、絵。
この3点は断られても断られてもめげずに何度もやって来ます。
そんな中、珍しいもの(人!?)がやってきました。
それは
ターバンを巻いたインド人のおっちゃん。来て早々、「ボスは、いるか??」と。ボスはいなかったので、「いないけど、何の御用ですかい??」と聞くと、「いや、実は俺、占い師なんだ・・・」と。
そんで私の顔を見て、「アナタはラッキーフェイスだ!!」とおっちゃん。
「占っちゃる」とやや強引に言い、そして「俺は良いことしか言わない占い師だ」と。
私が「あー、大丈夫っす。悪いことも言ってつかぁさい」というと、「ホントに大丈夫ぅー!?」と私の目を見つめ一言、
離婚する。と。
まだ結婚もしてないのに、離婚を予言されちゃいました。こんなんなら、結婚すまーかいね・・・と思った私。
そんでここからおっちゃんの腕の見せ所。
まず、紙になにやらメモをし、私の左手にその紙を握らせるおっちゃん。
そして私に好きな花を3つ聞いてきた、おっちゃん。花に興味がないんで、テキトーに「ハイビスカスと百合と、もうない」と投げやりに答えた私。
(※ちなみに百合は、高校時代に百合子って名前ってだけで自分のことを「リリー」って呼んでる英語教師がいたので、そこから選びました)
おっちゃんは、「3つ言うんだ!!」と熱いので、考えぬいた挙句、「じゃあ、薔薇でいい」と。
そんでその3つの花の中から、「1番好きな花」、「嫌いな花」を決め消去、すると「どーでもいい花」の
「薔薇」が残りまして。
それから、「1から5のうちで好きな数字を3つ」聞いてきた、おっちゃん。
なのに、「2、7、8」と答えてしまったマヌケな私。おっちゃんは、「1から5って言っただろ!!」と若干怒り気味。仕方なく、「2、3、4」と私。
そしたら、おっちゃんが先ほど同様に「1番好きな数字」、「嫌いな数字」を決め消去、「どーでもいい数字」の
「3」が残りまして。(どーでもいい数字ってのもアレですなぁ)
そしておっちゃんが、この
「薔薇」、
「3」という2つのキーワードが私が今手に握ってる紙切れの中に書かれていたら、
「アンタはラッキー!!」と言うんです。
「んなアホな・・・」と思いつつ、インド人のおっちゃんと一緒に呪文を唱え、手を開き紙切れを開けてみると・・・。
おっちゃんの字で、
ROSE 3と書いてありましてね・・・。私、事前に見てませんけんね!!
「オモロー」ってな感じで盛り上がる私とおっちゃん。
またこそこそと何か紙切れに書くおっちゃん。そんでさっきと同様に、左手に握らせます。
そんで次は、年齢と好きな動物を聞かれました。まぁ隠すことでもないんで、
「30歳」、好きな動物は
「犬」と私。
そんで次に、「昔、好きだった殿方の名前」を聞かれましてね。「やだ、恥ずかしい、思い出したくもない(!?)」などとわめきながらも、
「○○くん」と私。
またまたインド人のおっちゃんと呪文を唱え、手を開き紙切れを開けてみると・・・。
おっちゃんの字で、
30 DOG ○○と書いてありまして・・・。
再び、「オモロー!!」と。
「30」、「DOG」は偶然ってのも考えれるけど、「○○くん」はホンマに怖いんですけど・・・。
インド人のおっちゃん曰く、私は82歳という長寿を全うし、しかももがき苦しみながら息を引き取ったり、殺されたり、事故ったりして死ぬというわけではないそうです。
「ハッピーな死に方だ!!」と。
あと、大金を手にする時期、素敵な殿方に出会える時期をおっちゃんが教えてくれました。
そして、やっぱりと言うかなんというか。
インド人のたくさん写ってる写真を見せられ、
「この人たちは、今精神修行をインドの山奥でやっている。こんな尊敬すべき人たちに、あんたはいくら寄付したい!?」と。
ほらほら、こんな技(?)がタダなわけがない。
渋々払いましたよ。この日は風邪ひいてたんで病院に行こうと思って、余分にお金を持ってたんでねっ!!くそったれっ!!
もしかしたら、おっちゃんは私が病院に行くために、いつもよりたくさんのお金を持っているのも予知していたのかもしれません。そんで私に狙いを定め占ったと・・・。
それだったらすごいですわね。
では、ここで私も占いっていうか、予言を。
☆もしもインド人と仕事をしたら・・・!?☆インド人、特にこのおっちゃんのような人は、きっと日本でもターバンを巻いている。
つまり自分のスタイルを絶対に崩さない意固地な人物じゃ。
仕事でこーいう
頭が固い人とぶつかると相手は決して妥協しないだろうし、もしも長い目で見て彼が悪くても絶対に謝らないだろう。
つまり苦労する。こんなん出ましたぁー。(っていう占いのおばちゃんいたような・・・)
※写真はシンガポールの
憧れのラッフルズホテルのおっちゃん。ほら、こんな気難しい顔しちゃって。同僚にこんなんいたら大変ですわよ。
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最近、ホテルネタがございません。
と言いますのも、どこのホテルも満室の為にホテル見学に行くことができないんですのよ。きっと忙しいでしょうし。
なので、かなり前に行って、皆さんにご紹介しようと試みたものの、文章が見つからなかったホテルをご紹介します。
結構老舗のホテルですわよ。
お名前は、
プリチェンダナ(PURI CENDANA)といいます。
ロビーには、毛むくじゃらのそんなにキレイじゃない犬と、ホテル勤務なのに愛想笑いの一切ない能面のようなおばちゃんがいます。
このおばちゃん、ホンマに顔が固まったかのように一切笑わないんです。ホテル見学を終えて、「どーも、お邪魔しましたっ!!」って言ったときも、無表情のまんま「うむ、ご苦労じゃった・・・」ってな感じで。
そんでまた別の日に、お客さんに会うためにこちらのホテルに行ったんですよ。そうしたら能面おばちゃんがおりまして、「パギぃー、イブぅー!!(←おはよう、おばちゃんの意)」と元気よく言ったのに、またもや無表情のまま、「
ぱぎ・・・」と。
オイラが宿泊者じゃないけんかなぁー。
と思い、お客さんが来るのを待ってたんですが、お客さんと話すときも無表情のまま。
どぉぉぉぉぉぉにかして、このおばちゃんを笑うとこが見たいっ!!なぜか火がついてしまいましてね、私ったら。
なので、じぃぃぃぃぃぃっと見つめてみたんです、だってもしかしたら「思い出し笑い」ってヤツをするかもしれんのでね。ちなみに私はすげぇ思い出しするんで、このおばちゃんももしかしたらそーいう性癖があるかもしれん!?と睨んだんです。
でもねぇ、全くない。表情ひとつ崩さんのです。
かっこいい欧米のにぃちゃんが、「Good Morning!!」と爽やかに言っても、無表情のまま「
もーにん・・・」だけ。私だったら我慢ならん!!(何がじゃ・・・)
もしかしたら「EMPAT MATA」と言った、インドネシアのお下劣系お笑い番組を見ても笑わないかもしれません。
笑顔をどこに置いてきたんだい・・・!?僕が取り戻しに行っちゃるでぇー!!と私が色男だったら、そう口説くかもしれません。
ウブド辺りの高級ヴィラのにやけ笑顔のフロントスタッフ男子に、このおばちゃんの潔さ(?)を見せてやりたいっ!!と思ったほどです。
最後にウブド辺りのスタッフばりのにやけ笑顔で話しかけてみました。
するとおばちゃん、クールに返す!!
でも最後に少し口の端だけ歪んでいたので、あれがおばちゃんなりの笑顔でしょうかね!?
おばちゃんの笑顔(らしきもの)を見て、なぜか勝利を感じました。
で、お部屋はこんな感じです。
こちらは
ドゥプレックススイートというお部屋です。
中々、可愛らしいお部屋ですね。
建物の2階にあって、2階部分にはリビング、そしてバスルーム、そして小さい頃「小公女セーラ」を見て以来憧れだった屋根裏部屋ちっくな場所にベッドルームがあります。
そしてこちらは、
スーペリアスターというお部屋です。
青を基調としたお部屋ってのもバリ島では中々珍しいですね!!
ドゥプレックススイートより値段は安いけど、なんだか広々してました。
そんでこちらは
メインプールです。

さすが老舗ってだけあって、お庭に年季を感じます。
プールの隣りには、宿泊客以外のお客さんもたくさん入っていつも賑やかな
「チンチンレストラン」があります。「まぁ、卑猥な・・・」と思った方、「チンチン=(インドネシア語の)指輪」という意味がござぁす。
なので私もあえて、「チ○チンレストラン」と明記しなかった・・・というわけですな。
そんでこちらが
笑わないおばちゃんの写真です。

ちっちゃくってよく見えないけど、やっぱここでも笑ってません。
プリチェンダナリゾート(PURI CENDANA RESORT)住所 : Jalan Camplung Tanduk (Abimanyu) Seminyak
電話番号 : 62-361-732947
場所・アクセス方法 : スミニャックの夜遊びスポットアビマンユ通りをビーチ方面に行き、コンティキリゾートの右側。
デンパサール国際空港からは車で約20分程。
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【“老舗ホテルの無表情スタッフ、プリチェンダナリゾート!!”の続きを読む】

今日は、「あー、ネタがないんだろうなー」臭のするお話を。
私は今、
ジンバランのとある団地に住んでいます。
低所得のくせに一戸建てに住んでやがる、生意気な女子です。
うちの家は、いわゆる2DK+でかい物置場というタイプの平屋建ての家で、うちの周りにはそーいう感じの家がにょきにょきと建っていて、そこに家族が慎ましく暮らしています。
まぁでも、どの家もお手伝いさんがいて、慎ましくというより私からしてみりゃ優雅な暮らしですわな。
私はひとりで暮らしているんで、2つあるうちの1部屋は完全に「開かずの間」と化してますし、でかすぎる物置場も完全に持て余している状態です。
なので、私と同じタイプの家に夫婦と子ども2〜3人、プラスお手伝いさんが住んでるってすごいですなぁーと若干上から目線で言ってみたりして・・・。
ここに住み始めた当初、各路地にいる「路地会長」みたいなおっちゃんに、
町内会費として50,000ルピアを払い、そして毎月のごみ回収費用の15,000ルピアと月々の会費3,000ルピアを払います。
そうすると、もうここの住人です。
50,000ルピアは最初だけですのよ。
集会所で行われる集まりには、路地会長のおっちゃんが参加するので、私は参加しなくて良いです。
普通、バリ島に住む場合はもちろんビザとそれからキポンという住民票的なものをバンジャールに、それから警察に届出をしなくてはなりません。
寮生活が長く、手厚く保護されていたので、その辺の細かいことがよくわからんのんですが、キポンってヤツは1回目の爆弾事件が起きた後に導入された制度で、怪しいヤツを住まわせない為に、各自治体毎にきちんと住民を管理しようじゃないかっ!!という目的があるようです。
なのにですね、
ここでは私ったらキポンを持っていません。なぜなら、路地会長のおっちゃんが「KITAS(労働ビザでござぁす)があるなら大丈夫!!」と言ったからです。おっちゃんにKITASのコピーを渡したら、全て免除でした。
それにこの団地に住んで半年経ちますが、他の地区であるような、
キポンねぇヤツはいねぇーかぁー!!という抜き打ち捜査にあったことがありません。
さて、私んとこの路地会長のおっちゃんなのですが、ほんの2件隣りに住んでるだけなのに、普段全く見かけんのんです。
たまぁに見かける(ホンマに2ヶ月に1回くらい)会うときに、月々の支払い(ゴミ回収費と町内会費の合計18,000ルピア)をしようとすると、「また今度でいいよぉー、今釣り銭持ってないしぃー」ってな感じでなぁなぁになってたんです。
そしたら、
3ヶ月分延滞しとりましてね。
今朝、久々に会ったんでやっとこさ3ヶ月分払うことができました。
今朝会ったときも、「また今度でいいよぉー」ってゆるーい感じで言われたのですが、私が「いやいや、もう3ヶ月払ってないんよ!!今度、またいつ会えるかわからんし・・・、やばいって!!」というと、やっと路地会長も重い腰を上げお金を受け取ってくれました。
払うのを渋るってのはよく聞きますけんど、受け取るのを渋るってのは中々できるワザじゃないっすよ。
これで心置きなくごみを捨てることができますぜ。
さて、町内会費なのですが、賄賂天国インドネシアってことで払ってもうやむやになってそうなのですが、私の住んでる路地では、各家々の外灯取り付け費用になったりして有効に使われています。
また病気をした際や出産の際に一部支払いをしてくれるそうです。
引っ越した際には、払っていた分の75%が払い戻してくれます。
私の場合は新興住宅地に住んでおり、地の人間がいないので問題なくやっているのですが、デンパサールとかサヌールに住んでたらここまで何もかもが円滑に進んでいないんじゃあ・・・と思います。
前の会社の同じ課だった、プトゥリさんはよく「大家が意地悪やねん・・・」と言ってはよくさめざめと泣いていたし(同じバリ人同士でもこんなことありまっせ)、デンパサールに住んでるマナド人の元上司は「また、バンジャールのなんちゃらって言って集金に来た、ちくしょう!!」的なことをよく言ってたもんです。
私は大家さんにも愛され、隣り近所のおばちゃん、おっちゃんともまぁそこそこうまくやってます。
なので、安心してくだせぇ、おとっつぁん!!
※写真は、ブキット地区から私の住んでる団地を見下ろした風景です。
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もう8月です。どおりで空港にご家族連れが増えたはずです。
さて私事なのですが、つい最近やっとこさ
「世界のナベアツ」を知りました。
5月に父母とジョグジャに行った際、銀細工土産物店の名物スタッフ・ぐっさんが、「ナベアツもできるよ!!」と言ってたのを聞き、巨人軍の渡辺オーナーだと思い、「何をするんじゃい!?」と思った私・・・。
ナベアツ知らん・・・。
と言うと父母にだけでなくぐっさんにもバカにされてしまいまして。
見ました、見ました!!
中々高度ですね、ナベアツ・・・。
ってかぐっさん、情報早すぎるわ・・・。
さて今日は月始めなんで、
8月のインドネシアの祝日&お祭り情報をお届けします。
☆8月のインドネシアの祝日☆17日(日) : ハリ・クムルデカアン・インドネシア(Hari Kemerdekaan RI)
⇒インドネシアの独立記念日
18日(月) : 振り替え休日
⇒そ、そんな制度があったのね・・・。
☆8月のバリ島のお祭り集中日☆1日(金) : 新月
⇒新月の日には、バリヒンドゥー教徒はお寺に行きお供え物を捧げます。
特ににぎわっているお寺は、デンパサールのジャガッナタ寺院とマタハリモール・ギャレリアの近くにあるグリヤ・タナ・キラップ寺院です。
16日(土) : 満月
⇒この日も新月の日同様にたくさんの神事がバリ島各地で行なわれます。
20日(水) :
ハリラヤ・ガルンガン(Hari Raya Galungan)
⇒やってきました、ガルンガン!!
バリ島ウク暦に基づいて、210日に1回やってくるガルンガンです。
この日は家の敷地内のあちこちに、そして家の氏寺に盛大に供物が捧げられます。
早朝から村のデサ寺院、プセ寺院、ダラム寺院(死者を祀る寺院)、または本家や実家などの親族の家の氏寺にも供物を持ちお祈りしてまわります。
すべての悪に対して善が勝利をおさめる日と言われ、勝利を祝って天国から神々が地上に降りてくると言われています。
人々は、その神々を迎えるために何日も前からお供え物を準備し、心身ともに穏やかな、そして清らかな状態でこの日を迎えられるように努めます。
21日(木) : ハリマニス・ガルンガン(Hari Manis Galungan)
⇒ガルンガンの翌日、バリ人は、家族と集まったり友人宅を訪問します。
24日(日) : ウリアン(Hari Ulian)
⇒ウリアンとは「繰り返す」と言う意味のバリ語。この日は、ガルンガンの時、地上に降りた神々が天界に帰って行く日です。ガルンガンのように盛大ではないが、それに準じるたくさんの供物を捧げ、神々を送り出します。
30日(土) :
ハリラヤ・クニンガン(Hari Raya Kuningan)
⇒この日は、地上に神々が降りてくるという、とても神聖な日です。
各家々の氏寺には、先祖の霊を迎えるために盛大なお供え物が用意されます。
バリの人々は、この世の万物の平和と幸福のために祈りを捧げます。
クニンガンの日にはすべてのお供え物をお昼の12時頃までに供え終わらなくてはいけないません。なぜならば、その時間を過ぎると神々は天界に帰ってしまうからです。(半ドンなのでしょうか??)
よく日本の『お盆』と同じ・・・というように例えられますが、バリ島では先祖の霊も神なので、ただ単に先祖供養として霊を迎えるだけでなく、もっと神聖な意味があります。
※写真は、グランドハイアットのプールサイドに可憐に咲いていたハイビスカスです♪
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